たんたんたんとした日々のこと

障害のある子供たちと過ごす日々のことを綴っています。

叱ること。

時には子供を叱ることもあります。

やんちゃ過ぎて調子にのりすぎてしまったり、他の子やスタッフに対して手が出てしまったり。

そんな時はやはりそのままにしておくことはできません。

でも叱ることって難しいです。その子が何を思ってそういう行動をとっているのか、正確なところはわからないのです。

これは障害のあるなしとは関係ないのかもしれません。

全く別な価値観をもっているかもしれない相手に対して何かを強要することってどうなんだろう。自分の基準が正しいなんて保証がどこにあるのだろう。

そんなことを考えてしまうせいか、「叱る」というより「お願いする」になっています。弱腰ですね。

でも「叱る」ことが「脅す」ことになるよりは良いのかな、なんて思ったりもします。

子供にとって大人は圧倒的に強い存在だと思います。

力で強要されれば、いつかその子が大きくなった時に同じように他人を力で強要しようとするのではないでしょうか?

長い目で見た時にその子にとって最善の方法は何なのか、日々模索です。

つねくり。

彼女は「つねくり」の達人です。

もしかしたら方言かもしれないので、一応解説しておくと「爪を立てて皮膚をつねること」を言います。

彼女の「つねくり」はびっくりするほど痛いのです。ジーンズの上からでも効いてきます。急所を的確にとらえる術を心得ているのでしょうか。

それだけではありません。

手の動きがおそろしく速いのです。瞬時に何の気配もなくメガネをかっさらっていきます。飛び抜けた武術的なセンスがありそうです。

彼女は小柄で細身の自閉症の女の子です。

彼女と初めてあった時は戸惑いました。というのは「自傷行為」があったからです。自閉症の子供たちの中には自傷行為をする子が少なくありません。

彼女もそのひとりでした。激しく床に頭を打ち付けたり、自らの手足をつねった痕は痣になっていました。時にそれが他者に向けられることもあり、それが前述したものです。

最初は痛いのでいかに「攻撃」を防ぐかを考えて彼女と接していました。

その中でふと彼女の「つねくり」はもしかしたら何かの「確認行為」ではないかと思ったことがありました。つねっている時の感触が「安心感」をもたらしているのかな、と…。

そこで試しに好きなだけ「つねくり」させてあげようと思いました。

…が、あまりの痛さにすぐに断念しました。

ほんと彼女の技はすごいのですよ。…これは言い訳です。

しかし夏休みに入ったばかりのある日、見たこともない穏やかな表情の彼女を見ました。

「つねくり」を封印したかのように優しく手をつないできたのです。

これには驚きました。夏休みに入ったことでストレスが減ったからでしょうか。

今もどのように向き合っていけば良いのか、どのように接したら良いのか、明確なものはありません。

ただ、彼女のことを少しでも理解しようとする姿勢だけは持ち続けていたい、と思うのです。

暴れん坊少年。

ダウン症の子供と聞くと、穏やかでおっとりした感じを想像するのではないでしょうか?

少なくとも僕はそう思っていました。彼に会うまでは…。

小柄な小学生の彼は運動神経が抜群に良いです。いつも元気に走り回り、ボールを蹴ったり投げたり、常に動いていたいようです。

そしてとにかく負けん気が強い!ゆえに喧嘩早い!(笑)

ある時、他の子供とカルタ取りをしたことがありました。

自分が負けそうになると相手の子供につかみかかります。机の上のカルタをぐちゃぐちゃにします。

はい、終了ですよ。ルールは守りましょうね。

そして実際に負けた時には、顔を真っ赤にして口から泡を拭いて、呼吸困難になるほど泣いていました。

カルタでそこまで悔しがるとは…。子供の真剣さを侮っていましたよ。

ひとしきり泣いて落ち着きを取り戻すと、カルタをまたセッティングし始めました。こちらに読み札を渡して読むように促します。

この時は僕と彼のふたりです。

そうです。これはカルタの「自主練習」です。彼は実は努力の人でもあるのです。

すべての札を読み終えました。すべてのカルタを彼が取り終えました。

彼は勝利の雄叫びをあげ、天に向かってガッツポーズです。さながら決勝点を決めたサッカー選手のようです。

いや、勝ってないから…、などという無粋な突っ込みはしませんよ。

大暴れ。

中学生男子ともなると力があります。申し訳ないけど、大人ふたりがかりで対応です。

今日は大暴れです。そんな日もあります。

暴れ方は実に野性的です。叩く、蹴る、爪を立てる、噛みつく、叫ぶ。眼も血走っています。着ていたTシャツをびりびりに破いてしまいました。

この姿だけを見たら、たいていの人は怖いと感じると思います。

でも、少なくとも僕には内側からわいてくるエネルギーをどうにも押さえられないだけで、「悪意」のようなものは感じられませんでした。

彼を押さえ続けて、20分くらいは経ったでしょうか。ようやく彼も冷静さを取り戻してきました。そしてポツリとこう言うのです。

「ごめんなさい…。」

…実際、これが自宅で、お母さんひとりの時だったら止められないと思うんです。

だからと言う訳じゃないけど、綺麗ごと言うつもりもないけど、暴れるんだったらココで暴れておくれ。いつでも相手になるから。

彼の相手として不足のないように、カラダを鍛えておかなきゃね。

ファンキーべいべー。

マイクロバスの車内にファンキーな香りが漂っています。

おそらく僕の右隣の彼からでしょう。さっきからシートにきちんと座ろうとせず、お尻を少し浮かせているそこの中学生男子。ばれてますよ。

子供たちを支援学校から放課後デイサービスに連れていく車内は、この夏の猛烈な暑さと、この香りのせいでしょうか。みんな今日は静かです。

放デイに到着すると、先ずはトイレに直行です。ズボンをおろすと案の定、う○ちがとってもファンキーなことになってます。

ズボンとパンツのみならず、靴下とTシャツも、着ているものは全滅です。悪いけど裸になってもらいます。

さあ、ここからが本番。腕の見せ所です。

う○ちの状態や付着部位によってトイレットペーパーとウェットティッシュを使い分けながら拭いていきます。

大人しくしてておくれよ。間違っても、う○ちのついた手で触らないでね。

祈りが届いたのか、彼はいたって大人しく拭かせてくれました。ちゃんと拭きやすいように、こちらの顔の前にお尻も向けてくれました。君、拭かれ慣れてるよね。

きれいに拭き終わり、ほっと一息。彼もスッキリした良い笑顔を浮かべてくれています。そして嬉しそうに、裸のままトイレの外へとびだして行きました。

う○ちの世話をする時に、僕がこの仕事をするきっかけをくださったある方の言葉を思い出します。

「う○ちは侮れないよ。」

そこには容易く言語化できない何かがあるのかもしれません。

初夏のある日。

初夏のある日の出来事。

放課後デイサービスに到着するなり、彼は服を脱ぎ裸になりました。中3男子ですが、相撲部屋からスカウトが来そうな見事な体型です。

そして家から持って来たビーチバッグから、水着を取り出し着替えました。スイミングキャップにゴーグルも装着し準備万端です。

さて、ここでひとつ確認しておきたいことがあります。

本日、「プール」での活動予定はありません。

本日の活動予定は「散歩」ですよ。

この日は朝から初夏の青空が広がり、気温も上がっていました。最高のプール日和。…気持ちはわかります。

結局、この日彼は水着で散歩しました。もちろんスイミングキャップとゴーグルも装着してです。そこははずせません。Tシャツだけは大人の事情で着ていただきました。

散歩を終えると満足したのか、もとの服に着替えました。そしてゴロンと寝っころがると、いつものようにマッサージをせがんできました。

もちろん、いつものように関取の付き人のごとくマッサージをさせていただきましたよ。

初夏のある日の出来事でした。

彼の金メダル。

百メートルを9秒台で走る陸上選手のような速さで彼は走って行きました。

僕の制止する声は虚しく響きました。

彼の目指すゴールはボールに入ったホットケーキミックスの白い粉。

おやつの準備中でした。

彼はそこへ両手を真っ直ぐに伸ばした姿勢で滑り込んでいったのです。

彼もまた自閉症です。小学校高学年の男子。

彼から目を離してはいけません。この仕事を始めた頃、幾度となく言われました。

目は離してはいません。手を離しただけなんです。…言い訳にもなりません。

彼はよく動きます。とっても元気です。元気過ぎるほどに。すぎたるはなおおよばざるがごとし、ですよ。彼に教えてあげたい。

ホットケーキミックスで両手を真っ白にした彼は、わがじんせいにくいはなし、と言わんばかりのそれはそれは素敵な笑顔を浮かべていましたよ。

そうか、君は君の金メダルを取ったんだね…。

おめでとう、良かったね…。

それはそれとして。とりあえず、手を洗いに行こうか。