彼の金メダル。
百メートルを9秒台で走る陸上選手のような速さで彼は走って行きました。
僕の制止する声は虚しく響きました。
彼の目指すゴールはボールに入ったホットケーキミックスの白い粉。
おやつの準備中でした。
彼はそこへ両手を真っ直ぐに伸ばした姿勢で滑り込んでいったのです。
彼もまた自閉症です。小学校高学年の男子。
彼から目を離してはいけません。この仕事を始めた頃、幾度となく言われました。
目は離してはいません。手を離しただけなんです。…言い訳にもなりません。
彼はよく動きます。とっても元気です。元気過ぎるほどに。すぎたるはなおおよばざるがごとし、ですよ。彼に教えてあげたい。
ホットケーキミックスで両手を真っ白にした彼は、わがじんせいにくいはなし、と言わんばかりのそれはそれは素敵な笑顔を浮かべていましたよ。
そうか、君は君の金メダルを取ったんだね…。
おめでとう、良かったね…。
それはそれとして。とりあえず、手を洗いに行こうか。